FAMILY · 育休

夫婦で育休を1年取って、本当に良かったと思うこと

2026.04.24 · 読了目安 8分

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この記事の育休について

・夫:生後0ヶ月〜1年1ヶ月まで育休取得(現在復職済み)

・妻:現在も育休継続中

・ほぼ同時期に、夫婦そろって育休を過ごした

夫が育休を取ると決まったとき、驚いた。1年以上取ると聞いて、もっと驚いた。

でも驚いたのは「取れるの?」という疑問じゃなくて、夫が最初からとても意欲的だったことへの驚きだった。こちらが背中を押すより先に、夫はもう前のめりだった。それがじわじわと嬉しかった。

産後のメンタルが、あんなにしんどいとは知らなかった

妊娠中は「産んだら大変だろうけど、なんとかなるだろう」と思っていた。甘かった。産後の自分のメンタルの不安定さは、完全に想定外だった。

眠れない夜が続いて、理由もなく涙が出て、ちゃんとお母さんできているのか分からなくなる。
ホルモンのせいだと頭では分かっていても、気持ちはついてこない。
そういう日が、しばらく続いた。

夫には、不安なこと、悩んでいること、とにかくたくさん話した。
「助けて」と言葉にしたことも、何度もある。
そのたびに、ちゃんと聞いてもらえた。

隣にいてくれたから、話せた。
話したから、少し楽になれた。

こんなに頼るなら、いなかったらどうなっていたか。
考えただけでも、正直、恐ろしい。

夜中の3時に、交代で起きた

夜泣きというのは、慣れない。何度経験しても、深夜に泣き声で目が覚めるときの「また始まった」という感覚は、体に堪える。

それを、交代でやった。泣きやまない赤ちゃんを抱っこしながら部屋をぐるぐる歩いて、それでも泣き続けるとき、「次、代わるよ」という一言がどれほど救いだったか。夜中の3時に、お互いがちゃんとそこにいた。それだけで、乗り越えられた夜がたくさんあった。

昼間も同じだった。泣きやまない赤ちゃんをずっと一人で抱いていると、気力も体力もじわじわ削られていく。「ちょっと代わって」が言えること。それがどれだけ大事か、やってみて初めて分かった。

買い物も料理も、全部やってくれた

育休中、夫は買い物と料理をほぼ全て担ってくれた。私がスーパーに行ったのは、一年で3〜4回だと思う。

夫が料理をするのは「料理が得意だから」というより、その日の気分で作りたいものを作る、という感じだった。献立を決めて淡々とこなすのではなく、今日は何が食べたいかな、と自分自身が楽しんでいる様子だった。そのマイペースさが、毎日の食卓をちゃんと豊かにしてくれていた。

任せきれる人がいる、という安心感は、想像以上のものがあった。「今日のごはん何にしよう」という小さなプレッシャーすら消えて、その分だけ気持ちが楽になった。頼りになる、という言葉の意味を、この一年でちゃんと知った気がする。

感謝が、毎日のどこかにあった

育休中の家事は、どちらかが「やってあげている」感じがなかった。お互いにマイペースに、できることをやっていた。時間があるから、焦らない。追い詰められていないから、楽しめる。

夫がご飯を作ってくれたら「ありがとう」。私が洗濯をたたんでいたら「助かる」。そういう言葉が、毎日のどこかに自然とあった。特別なことじゃないのに、その積み重ねが、暮らしをあたたかくしていた。

感謝される家事は、楽しい。
気づいてもらえる毎日は、シンプルに助かった。

「何でもない一日」が、全部愛おしかった

育休中の毎日は、劇的なことが起きるわけじゃない。朝起きて、授乳して、散歩して、ごはんを食べて、一緒に昼寝して、また夜が来る。その繰り返し。

でもその「何でもなさ」の中に、働いていたら絶対に気づけなかったものがたくさんあった。子どもの表情が昨日と少し違うこと。夕方の光の入り方が好きだということ。三人で並んで昼寝している時間が、とても静かで幸せだということ。

せかされずに、ただ暮らすことを家族全員で味わえた一年だった。働きながらでは、得られなかった体験だと思っている。

この一年が、家族の「土台」になっている

夫が復職した今も、あの一年は確かに私たちの中に残っている。しんどい夜を一緒に越えた記憶。たくさん話して、助けてもらった日々。感謝が当たり前にあった暮らし。それが今の私たちの土台になっている。

夫婦どちらかだけが育休を取ることにも、もちろん意味はある。でも、もし選べるなら、二人で同じ時間を過ごしてみてほしいと思う。お金のこと、キャリアのこと、考えることはいくらでもある。それでも、この一年を「取って良かった」と思う気持ちに、1ミリも迷いがない。

これからも、育休中の記録を少しずつ書いていこうと思っています。🌿

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